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ネパールエベレストトレッキング3 チョーラパス・ゴーキョ編

11月13日〜11月18日

17日目  ロブチェ〜ゾンラ  11月13日

ロブチェ4910m→ゾンラ4830m (所要3時間)

朝食を済ませて外へ出ると、アルパインツアーの人たちのテントはすでにたたまれている。急いで追いかけて間に合った。みんなを見送る形になったけど、ちゃんとお礼を言うことができた。今日はもうみんなとは違う道を行くのだ。ちょうど出かけるティカさんたちに会って、握手して別れた。

ゾンラに行く道はトゥクラへ戻る道と途中まで同じ。トゥクラへは川を渡るが、私たちは渡らずに行く。あきちゃんが道を間違えて、変な道を登ってしまった。やっと正しい道に来て、崖っぷちを歩く。トゥクラとペリチェが見えた。
崖の道が終わり、平原に出たとき、前からおじさんが歩いてきた。あきちゃんが、
「あのおじさんにチョーラパスのこと聞いてみよう」
と言った。ちょうど景色もよかったので、写真を撮るためにも立ち止まった。
なんか見たことあるおじさんだ。そして一緒にいるポーターの少年を見て「あー!」と気づいた。ジリから一緒に歩いてきたスイス人のおじさんだ。彼らは、ナムチェから先にゴーキョピークのほうに行ってから、チョーラパスを越えてきたのだ。再会を喜び、チョーラパスやゴーキョのことを聞いた。すぐに後の2人も追いついてきて、情報を交換した。

さらに歩くと、川があった。でも渡るところが見つからない。あきちゃんが荷物を置いて見に行ったけれど見つけられなかった。
するとそこに一頭のヤク登場。草を探しに来たのか、まさか川は渡らないだろうと思っていたら、ジャボジャボと冷たい水の中に入っていき、ゆっくりと川を渡って去っていった。それはまるで「何やってるの?早く渡りなよ」と言ってるかのようだった。
そしてそれを見て、あきちゃんは「ヤクが通った道のほうが、濡れるけど安全だ」と言い出して、川へと向かっていった。しかしさすがにヤクが通った道は行けず、再び渡る場所を探して、あきちゃんはかなり上の方まで行ってしまった。しかし私は見つけた。岩と岩の間に、人の通った跡があった。その跡をたどって、後は急流を一歩で越える。そこが怖くて、あきちゃんに先に行ってもらった。多分その川渡りで、30分くらいは右往左往していたと思う。

そこからは登り、最後の登りを登りきると、ゾンラだった。チョラツェという大きな山が見えて、とても景色のよい場所である。
ここで私は4日ぶりにウンコが出た。タンボチェ以来ということになる。お昼にじゃがいもを食べたのがよかったみたい。考えてみれば野菜をずっと食べていなかったのだ。しかも油モノも控えていた。その両方を食べれば、するっと出るかなと思ったのだ。しかしそれはするっとはいかず、かなりの難産だった。足がしびれてしばらく動けなかったほどに。

あきちゃんは明日の下見に行こうと張り切っていて、すっかりお待ちかねだった。明日歩くコースを少し歩いた。川を渡るところと岩を登るところが少し不安。あきちゃんはかなり不安らしく、雪降らなきゃいいけど、と心配している。確かに雲がかなり出てきたが、それはいつものことである。雲が出るまではかなり景色がよかった。

明日はいよいよチョーラパス、峠越えである。同宿のドイツ人2人と鼻持ちならねえやな感じのガイドのほかに、アメリカ人カメラマンチームとオーストラリア人カップル、トルコ系カナダ人も行くようだ。しめしめ。これだけたくさんいれば迷うこともなさそうだ。みんなの出発時間を聞きながら、私たちはそれより早く出ようと、作戦を練っていた。(映子)

美しい山々をバックにご満悦のだんな(昭浩)

カラパタールがトレッキングのゴールだったらどんなによかっただろうかと思う。
しかし、山は目的地についたところでようやく全部の行程の半分にしか過ぎない。登ったぶんだけ下りなきゃいけないのだ。
それに僕らは、ほかの人とは違うルートを行く。ほとんどのトレッカーはそのまま来た道を引き返すのだが、僕らはそこから5300mの峠を越えて、ゴーキョというところへ向かうのだ。カラパタールという目標は達成したので、「これから先はレジャー」気分はそう行きたいところだ。しかし、5300mの峠、チョーラパスはなかなかの難所らしい。

道が途中わかりにくいところがあるし、氷河にはヒドンクレパスがある。ヒドンクレパスとは雪でクレパスが隠れているため大変危険なのだ。クレパスと知らずに通ると、あ〜れ〜奈落の底にまっさかさま、という恐怖のクレパスなのだ)があったりして、危険もいっぱい。雨が降ったり雪が降ったりした後はすべりやすく大変危険なのでいかないように、雨や雪でなくても厳重に注意すべし、とトレッキングガイドにも書かれている。それがチョーラパスだ。

僕らは下見がてら少し歩いたが、どういうコースなのかはよくわからなかった。とりあえず、いざとなったら、いやいざとならなくても、他のトレッカーを尾行するという他力本願作戦でいくことにした

今日から先、もうロブチェより高いところに泊ることもないので、高山病の心配をする必要がない。それが僕を気楽な気持ちにさせた。水を無理に飲む必要もない。だから夜中トイレにいく回数も激減することだろう。それになぜか毎晩夜中に襲ってはひいていった歯痛も昨晩からなくなっていた。

あとは天気だけ。明日晴れますように。 (昭浩)

ゾンラの宿から一番近くに、そしてきれいに見えた山。かなりの迫力で私たちに迫ってくる

18日目  ゾンラ〜チョーラパス〜タングナック  11月14日

ゾンラ4830m→チョーラパス5330m→タングナック4700m (所要6時間半)

作戦通りに朝5時半におきてパッキング。6時にブラックティーとクッキーで軽く朝食を済ませた後、6時半に出発した。
川を渡るところも特に難しいところはなく、順調に進んでいった。左にチョラツェ、右にも雪山、遠く後ろにはアマダブラムが見える。

岩登りの手前でアメリカ人チームに追いつかれた。これも作戦通り。ただ、彼らの休憩が長いのに少しペースを乱された。岩登りはそんなに難しくないけれど、息が切れる。あきちゃんは楽しいと言ったけど、私は苦しかった。やっと岩登りが終ったと思ったら、今度は雪の上の道だ。あきちゃんは氷河だというけど本当かな。

一面の雪景色でとてもきれい。どこかでエベレストが少し見えるらしいけど、よく分からなかった。
最初の滑りやすいところで、見知らぬポーターのお兄さんが助けてくれた。1人は重い荷物を持ったまま、手を貸してくれようとした。もう1人は荷物を置いて、手を引いてくれた。そして、この道を行くんだよ、と示してくれた。なんて親切なんだろう。
最後の滑りやすいところでは、オランダ人がストックを貸してくれた。そしてそれを使って、あきちゃんが助けてくれた。そうじゃなきゃかなりやばかった。滑って落ちていってしまいそうなところだった。

雪が終るとそこが峠だ。向こう側は遠くに雪の山々が見えた。その景色はトロンパスの景色に似ている。でもあのときはつらくてちっともきれいとは思わなかった。今日の峠越えは最初からずーっと景色がよかった、きれいだった。
峠まで来れば、下りは楽勝かと思いきや、甘かった。そういえばトロンパスの時も下りが辛くて泣いちゃったのだ。
石ゴロゴロの急な下り、これはしかし登ってくる方がもっと大変だろう。カラパタール側からでよかったと思った。急な下りが終っても相変わらず岩ゴロゴロで、それを乗り越えながら少しずつ下る。
峠から見えていた平坦そうな道は実は登りだった。だからそこにたどり着いた時、「登りかー」とがっかりしてしまった。そこから二山くらい越えると、あとはひたすら下りである。

川沿いの道を調子よく下った。あきちゃんは疲れてきたのか、遅れ気味である。私はゴーキョまで今日一気に行くつもりだったので、がんばって飛ばしていた。しかしやっぱりゴーキョ行きはあきらめた。雲が出てきたことと、あきちゃんが疲れていたことが大きな理由だ。
昼食後、少し散歩するが、疲れているあきちゃんは全然やる気なし。雲もかなり出てきて、日が翳ってきたので、早々に引き上げて、花札に興じるのだった。昨夜、同宿だった人たちは、結局ほとんど一緒である。明日、ゴーキョへの氷河越えもついていけそうだ。よしよし。(映子)


宿から2時間以上登ってようやく峠も近いところまでやってきた。これまで歩いてきたところを振り返る。思ったよりここまでは楽だった
雪のチョーラパス。ヒドンクレパスがあるからトレースをはずさないように。標高5300mの氷河の上、快適な山歩き
チョーラパスから見たゴーキョ側の風景。ここからはひたすら下る
 

ルートがわかりにくく、少し危険な場所もあるというチョーラパス。確かに氷河へのとりつきと氷河から最後下りるところは少し危ないかんじがしたが、いってしまえば、たいしたことない。なかなか楽しいルートだった。

チョーラパスの氷河はちょうど峠のところに2,3キロにわたって雪原のように横たわっている。まるで積もった雪の野原のように見える氷河からの景色は感動的に美しい
カラパタールやこれまでのトレッキングルートから見たヒマラヤというのは、あくまで外からその雄大な景色見ているのに対し、このチョーラパスにいると、今まで外側からしか見ていなかったその内側に入ってそこからヒマラヤを見ている、そんなかんじである。

2年半前アンナプルナのトロンパスの峠を越えたときは、映子は満身創痍でぜんぜん楽しそうでなかったが、今回はとても楽しそうで、そのことがなんかとてもうれしかった。(昭浩)

19日目  タングナック〜ゴーキョ←→ゴーキョピーク  11月15日

タングナック4700m→ゴーキョ4790m→ゴーキョピーク5360m→ゴーキョ4790m  (所要5時間半)

昨夜もわりと暖かく、よく眠れた。暖かいので途中で靴下を脱いだ。
スタートはぴったり8時、昨日下見したはずなのに、いきなり道が分からなくなった。ちょうどドイツ人の鼻持ちチームが追いついてきたので、それについていく。氷河の上にさしかかったとき、カナダ人も追いつき、追い越していった。
途中で鼻持ちチームは左に行ったけれど、私たちは、まっすぐ行くことにした。氷河の上にはたくさん道があって、ケルンという石を積んだ道しるべがいたるところに立っているので、迷いそうにもないと気づいたからだ。そして氷河の上といっても、岩や砂だらけで、危険なところはない。私たちは、ケルンを目印にして、自分たちだけで氷河の上を歩いた。
遠くに雪をかぶった山々が見えて、近くには石ころや岩、そして砂だらけの大地、ところどころ雪がある。他には何もない、そして誰もいない、ただそれだけの世界だった。

目の前にエメラルドグリーンの湖が見えた。それがセカンドレイク、いよいよナムチェからゴーキョへ向かう道に合流である。やったね。
なだらかな登りがしばらく続いた後、別の湖が見えた。その横にあるのがゴーキョの町だ。途中の道で出会ったチベタンのおばちゃんにすすめられた宿は鼻持ちチームが行ったのでやめた。でもそれで正解。とってもいい宿にめぐり会えたのだった。

お昼2時ごろからゴーキョピークに登った。風もなく、日差しが強くて暑いくらい。寒さ対策に足は三重の完全防備なのに、逆に汗をかきそう。
登りはかなりきつくて泣きそうだ。登って登って、とにかく登ってもまだまだ先がある。気が遠くなってきた。上を見るとクラクラする。なるべく上を見ないようにして、一歩ずつ、ゆっくりゆっくり登った。
途中でエベレストが見えてきた。もちろんかなり登った後だ。いったいどこまで登るんだろう。やっと頂上のチョルテンが見えてきた。もう少し、もう少し、と思ってがんばる。なかなかたどり着けない。

やったー!頂上に着くと少し風があった。向こう側の山々も、チョーオユーもエベレストも360度山々が見渡せる大パノラマがそこに広がっていた。とにかく、すごい、きれいの一言。
ところがその景色はそれだけでは終らない。日が沈んだ後はもっと素晴らしかった。オレンジ色からピンク色に変化する山々、その後の空の色。ブルーとピンクが交互に混ざり合った、何ともいえない色をしている。今日のサンセットは完璧だった。
太陽が沈んだのは16:40、それから17:20まで移り変わる景色を見ていた。少し寒くなってきたけど、せっかくだからどうしてもピンク色に染まるエベレストを見たかったので、がんばった。

帰り道はまだまだ色がきれいな山々を見ながら、急いで下りた。あきちゃんがヘッドライトを持ってこなかったので、途中で2人の間が険悪になった。真っ暗になって怖かった。1時間で下りてきたけど、帰りも疲れた。
ゴーキョはいいところだ。本当に来てよかったと思う。あの素晴らしい風景を心の中に焼き付けて、一生忘れないでいたいと思った。(映子)

ここは氷河の上。迷路のようで途中どこがどこだかわからなくなる。氷河恐るべし
氷河の上から憧れのチョーオーユーを望む
セカンドレイクも見えてきて、いよいよ氷河越えも終わり
もうすぐゴーキョ。チョーオーユーが大きくそびえる
ゴーキョピークからの眺望。左下にはゴーキョ村が見える
西日に赤く染まるエベレスト
日が沈み、これから空の色が不思議な模様に移り変わっていく

僕はゴーキョピークからのあまりにも美しいサンセットにとても感動した。
夕日にほんのりと染まり、そしてすこしずつ変化する色合い。それと日が沈んだあとエベレストの上の空はこの世のものとは思えない、いく種類の紫色が不思議に交差するそんな今まで見たことのない空の模様だった。

僕はすべてに満足していた。
今日の夕暮れ、チョーラパス、カラパタール、道中での景色。ジリからナムチェまでの道のりもよかった。毎日ぜいたくな景色に囲まれ、ただ歩き、ただ食べて、ただ眠る。景色を除くと、地味な毎日の連続。だけど、常にまわりにはほのかに幸福感を感じられる空気のようなものがとりまいていた。一歩一歩を楽しむ。ちょっとした苦しみもあったがそれは今から思えば楽しさをひきたたせる香辛料のようなものだ。本当に満足。もう何もいうことがないよ。

明後日にはナムチェに着く。そうすれば9日ぶりにシャワーが浴びられる。ぺっとりしたアブラっぽい髪や臭い体、洗わず何度も履きつづけた靴下やTシャツ、そんなものともおさらばだ。
ヒマラヤから少しずつ離れていくたびに山での日々がどんどん愛しくなり、そして二度と戻ることのない美しい日々たちを思い、せつなくなるのだろう。(昭浩)

20日目  ゴーキョ〜ドーレ  11月16日

ゴーキョ4790m→ドーレ4200m (所要5時間)

昨日、最後の大仕事を終えたので、今日はもう下るだけだ。うれしい。朝からゴーキョピークに登っていく人を見るたびにほくそえんでしまう。
それにしても今朝めちゃくちゃ寒かった。といっても寝袋の中にいる分には全然寒くはなかったんだけど食堂に入った瞬間、凍りそうな寒さ。昨日の昼間あんなに暖かかったのがウソのよう。そんな食堂の中で、宿のおばちゃんは寝ていたのだ。
ゆったりと朝食を済ませると、同宿のドイツ人のおっちゃんにさよならを言って、パッキングをした。別れ際に宿のおばちゃんはミルクティーをご馳走してくれた上にチョコバーを2本ずつくれた。

天気はとてもよくて風もないので暖かい。歩いているとだんだん暑くなってくるくらいだ。ドゥードポカリを過ぎ、セカンドレイクを過ぎ、ファーストレイクを過ぎると川を渡る。はるか向こうに見えるのが、カンテガとタムセルク、朝日を受けて白く輝いている。そこから少しアップダウンがあって疲れる。今日はもう下りだけにしてくれよー。
少し平らなところにさしかかると、なぜかトレッカーがいっぱいいた。みんなこれから登る人たちだ。日本人カップルにも会った。チュクンとトゥクラでもすれ違っている。
マッチェルモで食事休憩の後、20分くらいでルサに着く。さらに登ると、次の村ラファルマだ。そこからはほとんど下りの巻き道。やっと下りだ。やったー。調子よくどんどん進んだ。後ろには、まだチョーオユーが見えて、前には相変わらず、カンテガとタムセルクだ。

いよいよドーレの町が見えてから、川のあるその町に向かって急な下りだ。川を挟んで手前にロッジが2つ。向こう側にもう少したくさん、ロッジがあった。多分目当てのロッジは向こうだろうと勝手に決めて川を渡り、最後の急な登りも登り終えて本を見るとがっくり。目当てのロッジは川の手前だったのだ。
代わりに入ったロッジは、私たちしか客がいない。そして2時くらいから雲が出て、太陽が隠れてしまったので寒い。とても寒い。部屋の中でも息が白く、布団に包まって花札をしながら、チョコなどのお菓子もすべて食べつくした。それでもまだまだ寒いので、ハッシュドポテトとホットチョコレートを注文。そしてお兄さんにストーブをつけてくれるように頼んだ。
3時半ごろ、やっと火が入り、幸せ。洗った靴下もまだ全然乾いてないので、湯気が出るまでストーブにかざす。私たちのためだけにつけてくれたストーブはとても暖かい。ヤクフンの他に木も燃やしていたけど、いいのかな。靴下も無事乾き、宿のお兄ちゃんとお姉さんが早く寝たそうなので、早々に部屋に引き上げた。
真っ暗な部屋でやることもない私たちは、3日連チャンでしりとりをしてから眠りについた。(映子)

マニ石を通り過ぎて、いよいよゴーキョを後に、下山である
ここから崖っぷちの道を下りていく
何度も荷を背負ったヤクたちとすれ違った

21日目  ドーレ〜ナムチェ  11月17日

ドーレ4200m→ナムチェ3440m (所要4時間半)

昨夜12時半ごろ、トイレに起きてから眠れなかった。スペイン人の友達フリアンにハガキを出そうと思って、文章を考えたり、フリアンがもし来日したらどこへつれていこうなんて考えたりしていた。さらに帰国して、元の仕事に復帰したらどうなるのかな、とかアルバイトの方がいいのかな、とか考えたらますます眠れない。どれもこれも答えが出なくて困った。

5時半くらいにやっと寝れたけど、ろくな夢を見なかった。激しく流れる川を渡れず、怖気づいてトイレに何回も行ってる夢。

それにしても朝は冷える。ダイニングはもうすっかり冷え切っていて、ストーブには火を入れてくれず、日の当たる外で食べるようにと言われた。外は日が当たるので少しは暖かそうに見える。だけどやっぱり朝の空気は冷たい。さっさと朝食を食べて出発した。

国立公園のチェックポストまで1時間くらいかかった。ポルツェテンガからモンラまでの登りはきつかった。確かに標高が下がってきたので、息はそんなに苦しくないのだけれど、こんなに登り、登りはきつい。ゴーキョやカラパタールに比べれば、楽勝楽勝と自分に言い聞かせるけれど、体はなかなかついてこなかった。モンラに到着して、やったね、今日の登りはこれで終わり!と思いきや、どうしてなかなか、世の中そんなに甘くないのである。ゆるやかにアップダウンを繰り返して、またしても巻き道。まだまだ、まだまだ果てしなく続いている。

やっと例のカラパタールとゴーキョに分かれるところ、つまり合流地点に来て、やったね、とあきちゃんと喜んでからがまた長い。同じような巻き道。まだかまだか。エベレストはしばらくずっと見えていて、その間はナムチェが見えてこないのだ。ストゥーパのとこまできて、もうエベレストとはお別れ?いやいやまだ見えるぞ。登って下りて、登って下りて、ああやっと、ついに見えたよナムチェが。帰ってきた。10日ぶりにこの町に。

シャワーも10日ぶり。かなり汚い体になっていたけど、すっかりリフレッシュ。ベーカリーでおやつも食べてかなりゴキゲン。ただ1つ、オープンで買ったエアチケットの予約ができない。だってオフィスがないんだもん。仕方ないから明日ルクラへ行ってからやるしかない。
20日続いたこのトレッキングもいよいよ明日が最終日。肩がかなり痛いけど、もう引退間近だ。がんばれー。(映子)

エベレスト(左)、ローツェ(中央)、アマダブラン(右)の並ぶ絶景。ナムチェはもうすぐ
 

僕たちの今回のトレッキングの目標はほぼ終わった。あとは無事カトマンズに帰るだけ。やり残すことなくこれでいつでも旅も終われる。
旅の日々に未練がないといえばうそになるが、3年間思う存分やったし、とても楽しかったし、とても満足している。
でも、もう一度同じように世界一周やっていいよ、といわれても多分やらないだろう。例えるなら、楽しかった高校の3年間をもういちどやり直すか、といわれても、うーんそういわれても困るなあ、と思うのと同じようなものだ。
それに、今の僕には漠然とやりたいことがあるし、これからは日本も楽しんでいきたい。

世界のいろんな観光地を回ることは刺激的でとても楽しい。でも、それと同じくらい、日本の本屋にいっても僕はとてもハッピーだし、気の合う友達と会うのも楽しい。日本社会の中にいて、いい仕事をしたときの達成感と心の充実感は、旅の中ではなかなか得がたいものがある。
(昭浩)

22日目  ナムチェ〜ルクラ  11月18日

ナムチェ3440m→ルクラ2840m (所要5時間半)

めずらしく天気が悪い。朝からみぞれが降っている。でもそんなに寒くはない。同宿の日本人団体はシャンボチェの丘に登るらしい。しかしあいにくのお天気である。
私たちは予定より少し早く出発した。天気が悪いので、山も何も見えない。もうとっとと下りるしかない。来る時はエベレストが見えた場所も、今日は真っ白で何も見えない。
どんどん下った。調子よく下った。ジョルサレのチェックポイントで帰ってきた報告をした。そうそう、アルパインツアーの人たちにも会った。しかし、もちろん別のツアーでルクラからナムチェまで4日のツアー。でもサーダーもスタッフも同じだった。
他にも下山途中の日本人団体に会った。昨日ナムチェに行く途中であった写真撮ってた団体かな。今日は橋をいっぱい渡った。懐かしいところもあったし、全く忘れているところもあった。特に登りのところは、こんなところあったっけ?と思った。マニ石やチョルテンはなんとなく覚えている。ガットでお昼を食べようかと思ったけど、チャプルンまでがんばった。チャプルンの町は細長いので、最初のロッジについてからが長い。まだまだかと、今日も思ってしまった。やっと懐かしいロッジとお姉さんが見えたとき、やったー!と思って、ほんとはいけないけれどマニの右を通って行っちゃえー!と思ったけど、お姉さんに「マニ、マニ」と言われたので、少し登りで遠回りだったけど、左側を行った。
ちょうど日本人の男の人3人組がお弁当を食べていた。少し話した。1ヶ月とか2ヶ月とか旅するというと驚かれる。普通のサラリーマンとでも思われているのかな。日本社会にどっぷりつかっていると、普通はそんな旅はできない。そして私たちの両親の世代の人たちは退職後に団体旅行をする。といってもそんなに長い旅ではない。せいぜい1週間くらいだろうか。結局はそれまでの習慣というのか、何というのか、そういうものを捨てきれないのだろう。旅行というのは1週間くらいのものだという概念が彼らには一生つきまとっているのかもしれない。もっと自由でいいと思う。人はどうしても自分で自分を縛ってしまいがちだけど、もっと自由に生きてもいいんじゃないかな。
何はともあれ、今日でトレッキングも終了。われながらよくがんばったと思う。肩が痛くて足も疲れたけど、風も引かず、元気で、健康なままで、トレッキングを終えることができてよかった。出会った人々のこと、歩いている間に考えたこと、すべて私にとっていい思い出になりそうだ。明日はいよいよカトマンズだ。(映子)

カトマンズにいけばおいしいものが食べられる。ホットシャワーだって毎日あびれる。不便な山の生活ともおさらばだ。それはとてもさみしいこと。積年の夢がかなった後にはさみしさが残るもの。夢に向かっている時っていろんな不安もあるが、それはそれで楽しい。夢はかなうとうれしいし達成感もあるが、その後にはさみしさが残るものなのだ。達成感の裏面は喪失感なのだろう。でも、それでいいんだ。心からやりたいことというのは、終わった後に喪失感を感じるくらいじゃなきゃだめなんだ。それくらいの夢や目標が持てたことを幸せに感じよう。そして、これからもそういったものを持ち続けようと思う。(昭浩)

たよりなさげなこの飛行機でルクラから一気にカトマンズへ
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