ネパールほどあらゆる面でトレッキングするための環境が整っているところはないだろう。いろいろな国を旅してきたけれど、やはりネパールこそトレッキングパラダイスと断言することができる。
それは、世界の屋根ヒマラヤの圧倒的な景観に尽きるからなのだが、それだけではない。
トレッキングコースが整備されており、そのルート沿いには宿泊施設や食事のできるところが十分すぎるくらいある。売店では電池、水、食料など消耗品が売られ、途中には診療所まである。
ここまで充実しているところは世界的にみても稀である。
たいていのところでは、トレッキングといえば、テントを持ってしかも日数分の食料なんかも運んでいかなければならないので、荷物が多くなってしまう。ロバなんかの助けも場合によっては必要だ。道に迷ったら遭難に近い状況になりかねないので当然ガイドも必要となる。
ネパールだったら自分たちだけでもいけるし、楽をしたいのだったらポーターをたのんでも値段はたかがしれている。山賊のうわさもあるにはあるが、山の中の治安はおおむねいいと思うし、シーズン中だったらトレッカーが多いので変な人に襲われるという心配もないだろう。
日本の山やヨーロッパアルプスの場合もネパール同様小屋やトレイルの整備という点では非常によく整っているが、なんせお金がかかる。ネパールの場合いくら山の食事が高いといったって日本の感覚からすればめちゃくちゃ安い。宿代なんかは数十円から数百円のレベルである。
装備についてもカトマンズでそろわないものはない。時間さえあれば旅のついでにふらっといけてしまうのだ。2週間3週間という期間のトレッキングでも寝袋と防寒具と少しのお金を用意さえすれば気軽にヒマラヤの懐までいけてしまう。
うだうだと書いてしまったけれど、僕が強く主張しておきたいことはこういうことだ。
「山が好きならネパールに行け!」
カタギの日本人にとってはやはりネックは時間だろう。逆に言えば、時間の問題さえクリアすればなんとかなる。山登りの経験がなくても、目が飛び出るような大金がなくても、いいってことだ。やる気さえあれば、世界で最高の山が楽しめる。
トレッキング中会った日本人の多くはすでに仕事をリタイアした人たちで、60歳をゆうに超えている。そのほとんどの人は5550mのカラパタール登頂に成功していた。それを考えれば、ヒマラヤトレッキングは定年後の楽しみにもできる。
もう一度言う。山が好きなら一度はネパールでトレッキングに行け!(昭浩)
普通の日本人でエベレスト方面にトレッキングにいくなら高山病対策は必要である。
2,3ヶ月にチベットや南米あたりの高所など4000m以上のところをうろうろしていた人はすでに体が高所順応しているので関係ないが、それ以外のすべての日本人は4000m以上の高度はダメだと思っていた方がいい。
それは年齢とか体力とか関係ない。5900mのキリマンジャロに登ったことが過去にあったとしてもその経験はあまりあてにならないと思っていた方が無難だ。キリマンジャロはイキオイで登ってしまえる山なので、高度順応という点では関係ない。2,3ヶ月以内に登ったのであれば話は別だが・・・。
あと高山病は高いところに登るとすぐになにかしらの症状が出ると思っている人もいるようだがそうではない。
例えば4200mのところに登ったとしよう。着いてからしばらくは調子がいい、ということはごくごく普通である。
だからといってここで安心すると痛い目に遭う。すぐに頭痛が来る人もいるが、ほとんどの場合着いた日の夜以降、夜中の2時とか3時とかまたは次の日の朝にその症状はたいてい襲ってくるものだ。
だから重要なのは標高何mまで登るかということではなく、標高何mの場所で宿泊するかということだ。
あともう一つ、信頼のおける日本人経営のツアー会社の主催するツアーなら優秀なガイドがついているのでまず問題はないが、カトマンズで手配したガイドの多くは高山病についてあまり知らない。
高い所に慣れているガイドは高度順応することの大切さをあまり知らない。だって彼らには高度順応なんて必要ないだもん。必要ない人間がその大切さを語れるわけがない。
高度に慣れている人間またはいったん高度に順化してしまった人間にとって、高度障害で辛そうにしている人というのがとても不思議に見えてしまう。自分はぴんぴんしているのになぜこの人は苦しんでいるんだろう、と。
だからほとんど高山病になったことのない人からみたら、水を飲んどけばいい、くらいにしか思っていない。
ガイドにしてみれば、客の具合が悪くなったら山を下りればいいだけの話だ。ヘンな話、仕事が楽になるのだ。
本当にヤバイ状況になったら救急ヘリを呼べば済む話である。だからか知らないが、僕らがいった頃は毎日のように緊急ヘリが出ていた。毎日、何人かのトレッカーが高山病のためヘリで病院へ運ばれたということだ。
どうしても最後まで行きたいのなら、ガイドまかせにしないこと。例えば、その日の予定にしても、今日は体調が悪いからもう一日休むとか予定より歩く行程を短くするとか、そういうことは自分の体の調子をみて、自分で判断したほうがいい。なかには、水はあまり飲むな、もっと速く歩け、とそんなことしたら死んじゃうようなことを自信を持っていうインチキガイドもいるのだから。
それでは高山病対策についていくつかあげたいと思う。
1、 ダイアモックスを持っていくこと
ダイアモックスとは高度順応を早める薬である。
予防のためにナムチェあたりから飲むのもいいし、万が一の時のための「保険」としてでもいいので、持っていったほうがいい。もし夜中頭がガンガン痛くなってしまった時、ダイアモックスを飲むのと飲まないのでは僕ら二人の経験では明らかに違う。
10錠でたったの52ルピー(約75円)、カトマンズの薬局ではたいてい置いてある。1回半錠(爪で半分に割る)を朝と夜の2回(朝昼晩の3回でもいい)飲めばいい。
2、 トゥクラで1泊
ディンボチェやペリチェで2泊してロブチェにいきなりあがる人が多いが、あえてトゥクラで1泊することをおすすめする。
ディンボチェやペリチェからロブチェまでの高度差は600m。それがトゥクラで泊まることによりそれが300mずつ刻むことになる。
高度が体に与える影響という点では、4000m以上からは世界が変わると思った方がいい。4000mを超えた場所での600mの高度差は大きい。300mの高度差だったら安全圏だ。
ロブチェでリタイアする人、体調不良になっている人をたくさん見た。カラパタールまであともう少しのところなのに、ロブチェでのリタイアはもったいなすぎる。僕たち二人の体験から言って、トゥクラで1泊はけっこう大きなポイントだ。
3、 水をたくさん飲む
これから先はよく言われていることなので、あえて言う必要もないことかもしれないが、水をたくさん飲むことは高度に体を慣らすために大変必要なことだ。
でも、水をたくさん飲むっていったってどのくらい飲むのか?それはとても曖昧だ。ある人は「とにかくたくさん」というし、ある人は「できる限り飲め」という。
たくさんとかできる限りってどれくらいなんだろう。ネパール人ガイドにいわせると3〜5リットルという。3〜5リットルというのもピンとこない。
そこで僕は、ある日1日4リットルの水を飲むことに挑戦してみた。あえて挑戦という表現を使ってみたが、それは挑戦と呼ぶに値する苦行であった。1日4リットルの水(ちなみにそのうち1リットルは砂糖の入った紅茶だったが)を飲むのはかなりつらい。特に最後の1リットル飲むのは強靭な精神力が必要だ。もちろんおしっこもたくさんでる。その回数はその日1日で、多分これは僕の生涯最多となるであろう20回を記録した。結果を言えば、1日4リットルはきついが、3リットルくらいは飲めそうだ。
あともう一ついわせてもらうと、水をたくさん飲むコツのひとつとして、いわゆるローカルウォーターに殺菌の薬をいれたもの飲むことをすすめる。僕は日本の空港なんかで売っているピュアというのを使った。
お腹の弱い人には強く薦められないが、生水といってもネパール人はそれをそのまま飲んでいるので、薬を入れれば問題ないんじゃないかな。
ヒマラヤの氷河から流れでる水ははっきりいってうまい。ボイルドウォーターは、はっきりいってまずい。とてもじゃないけどたくさんは飲めない。市販の水はまあまあうまいが山の中で買う水は1リットルあたり邦貨で200〜300円もする。ついついケチってしまい、結局水をたくさん飲まなくなってしまうという結果になるのがオチだ。
ローカルウォーターは宿の人にいえばタダで分けてくれるのでコストはかからない。水を殺菌する薬を日本もしくはカトマンズで買っていくことを薦める。
4、 ゆっくり歩く
よく若い人で、さくさく早足で登っていく人がいるが、高所に慣れていない人がテンポの速いステップで4000mより上を登っていくのは狂気の沙汰としかいいようがない。そういう人にはたいてい途中リタイアという悲惨な結末が待っている。
ゆっくり歩くといってもどれくらいゆっくりなのかは人によっていろいろだが、はぁはぁと息が切れて苦しいのはペースが速い。とにかくゆっくり、そして休憩をたくさんとること。
人によって考え方が違うのだが、僕らは4000mを越えてからの急な坂道では5分に1回は休んでいた。立って休むこともあるし、手頃な大きな石があればそこにすわったりもする。せっかくの景色なので、楽しまなきゃ、という気持ちもある。だから、地図なんかに書いてあるコースタイムの1.5倍くらいの時間はかかった。
あと、深呼吸をたくさんしたほうがいいとか、昼寝は控えろだとか、風邪薬や睡眠薬は飲まないほうがいいとかいろいろあるが、対策の大きなポイントとしては、上記の4つだろう。
ヒマラヤトレッキングでのポイントは高度順応をうまくできるかどうかなので、それだけ十分注意して、慎重に登っていけば、楽しいトレッキングになることだろう。