1月29日〜2月7日
朝早くバスに乗ったので、ビエンチャンには午前中に着いた。
ビエンチャンは都会だった。
多分中国や日本の都市とはくらべも のにならないくらい小さいと思うけど、今まで田舎にいすぎたせいかそう思った。
でも、なんだか中途半端に都会で、人や車が多いけれど洗練されてないと言う か、整備されていない。
そして、都会っていやだなと思った。
久々にいやな感じの客引きを見たのだ。お金を儲けようとギラギラしている人がいる。物乞いもラ オスではここビエンチャンで初めて見た。
午後は市内を観光した。まず、パトゥーサイ。
ここはビエンチャンの街が見渡せる、凱旋門だ。
フランスのは見たことないけれど、それの小さい版だそうだ。上から見渡したビエンチャンの街は、思ったより緑が多くて、ルアンパバーンを大きくしたような感じの街だった。
次にトゥクトゥクで、タートルアンへ行った。
ここは、よくラオスのポスターとか、ガイドブックとかに載っている、まさにラオスのシンボルとでも言うべき所だ。
金色の塔がまぶしかった。青い空に映えてきれいだった。
タラートサオのバス乗り場からバスに乗って、ブッダパークへ行った。
バスの中で、後ろに座っているお坊さんが話し掛けてきた。
お坊さんはみんな英語が話せるし、話をしたがっているようだ。
そのお坊さんは、いかにも修行してますという感じではなく、いたずら小坊主という感じだった。
一般の人より、お坊さんは英語が話せるんだと、自慢げにいじわるっぽく言っていた。
お坊さんの話とか、日本の大学生の話とか、いろいろ話した。
ほとんどずーっと後ろを向いて話していたので、首が痛くなった。
ブッダパークは、まさにその名のとおりのところだった。
いろんな仏像がたくさんある公園だった。
一番大きい寝仏は、顔が切れているのかと思っていたけれ ど、実は顔が細いだけだった。
おもしろいポーズの仏像がいっぱいあって楽しめた。
ヒンズー教の神様や象や猿もいた。
半分くらい見た時に、高校生の男の子に 話しかけられた。
毎日ここに来て、観光客を見つけては話しかけて英語の勉強をしているらしい。
少し話したけれど、あまり話題が続かなかった。
変に疲れた。でも、お坊さんにしても、その高校生にしても、そうやって英語を学ぼうとする積極性はすごい。見習わなければいけないなあ。
9時半のバスに乗って、サワンナケートへ向かった。
早起きしたせいか眠くて、昼食まではほとんど寝ていた。
途中で目を覚ますと、緑々した田舎の風景が広がっていた。
昼食後も、だんな(昭浩)はずーっと寝ていた。
眠り病じゃないかと思うくらい、前後左右に首を揺らしながら、眠り続けていた。
私は、外を見ながらいろいろ考えていた。
だんな(昭浩)がこの間言っていたように、こうやって移動しながら考えていることが旅そのものという感じがする。
昔の旅行のこととか、友だちのこととか、家族のこと、などなど考えた。
サワンナケートに着いたのは5時ごろだった。メコン川のほうへ歩いて夕日を見た。
くっきりとしたきれいな太陽だった。向こう岸のタイの街は、とても都会に見えた。
パークセー行きのバスは10時にあるとバス停に書いていたので、朝8時に宿をでて、バス停へ行った。
ところが、チケットを買おうと思ったら、「10時のバスは今日はない、2時半だ」と言われた。
まだ8時半にもなっていないの に2時半?!と思っていると、
向こうの方に止まっているバスがパークセーに行くと、だんな(昭浩)が聞いてきた。
しかも、10時に出ると言う。「やっ たー!ついてる!」と乗り込んだのはいいけれど、いっこうに発車せず。
フランス人とか、ラオス人とか何人か乗り込んだまま、そのバスは6時間そこにいて、 結局2時半の発車だったのだ。
その間、フランスパンを2本食べ、本を一冊読み終え、バスの外に出ると、ラオス人に話し掛けられて少し話した。
その日はバスに乗っている時間より、待っている時間の方が長かった。
そ して、なぜか、同じようにバスに乗っているのに、バスが動かないと眠れない。
待ち時間が長すぎたせいか、バスが動き出してからも結局眠れず、5時間半の 間、2人でいろいろ話をした。
今、何が食べたいかとか、日本について今気になることとか。
パークセーに着いたときにはもう真っ暗で、8時過ぎていた。
長 い、長い一日だった。
メコン川のカンボジア国境近くには、4000の島があると言われていて、シーパンドンと呼ばれている。
川に 浮かぶ島、ちょっと想像がつかないけれど、今日はそこに行くのだ。
バスでナカサンまで行って、そのバスで知り合ったフランス人のカメラマンと一緒にボート をシェアしてデット島に渡った。
小さな島がぽつぽつと浮かんでいて、何だか不思議な景色だった。
これが川だからよけいに不思議に思える。
今は乾季だから、たくさんの島があるけれど、雨季には沈んでしまう所が多いらしい。
でも、人が住んでいる所は数えるほどで、さすがに沈みそうな感じはない。
宿は、バンガロータイプのところで、小さいながらも雰囲気はある。
夕方、川沿いのテラスのような所で、サンセットを見た。
夕日はこれでもかというほど赤く、はっきりとしていてきれいだった。
だんな(昭浩)は「今まで見た夕日の中で一番きれいだ」と言っていた。
隣で見ていたイギリス人の男の人は「まあまあだな、今日は」みたいなことを言っていた。
夕日は、最後にガスっている空気の中に消えていった。
鳥がたくさん夕日に向かって飛んでいった。
朝からボートでナカサンに行って、そこから車で、カンボジアの国境へ向かった。
ラオスのイミグレを越えていくと、コーンパペンの滝が急に目の前に現れた。
思わず「おおっ」と言ってしまったく らいにすごい滝だった。
これがあの静かなメコン川だなんて、誰が想像できるだろう?
水しぶきがすごくたっていて、そのたびにいくつもいくつも虹ができてき れいだった。
迫力があった。
落差はあまりないかもしれないけれど、幅が広くて、水量も多い気がする。
雨季はもっとすごいんだろうなあ。ちょっと想像つかな い。
朝からボートでナカサンに行って、そこから車で、カンボジアの国境へ向かった。
ラオスのイミグレを越えていくと、コーンパペンの滝が急に目の前に現れた。
思わず「おおっ」と言ってしまったく らいにすごい滝だった。
これがあの静かなメコン川だなんて、誰が想像できるだろう?
水しぶきがすごくたっていて、そのたびにいくつもいくつも虹ができてき れいだった。
迫力があった。
落差はあまりないかもしれないけれど、幅が広くて、水量も多い気がする。
雨季はもっとすごいんだろうなあ。ちょっと想像つかな い。
昨日パークセーに戻ってきて一泊し、今日はチャンパーサックへ向かった。
ここは、ラーンサーン三国の内の1つ、チャンパー サック王国の都だった所だ。
人や子供はわりと多い街だけれど、昔王国の都だったとは思えない。
たいした建物があるわけでもないし、お寺もさびれている感じ だし。
なぜかメコン川沿いには、大仏が川のほうを向いて立っていた。
後ろは山に囲まれていて、のんびりしていて、雰囲気は好きな所だ。
昼からワットプーへ行った。
自転車で道を行くと、子供たちが「サバイディー(こんにちは)」と言って手を振ってくれる。
でも、炎天下の中1時間くらいこぎ続けたのはつらかった。
ワットプーはかなり破壊されていて、ボロボロだった。
だからこそ、その古さがわかるし、内戦など の歴史も感じられる。
崩れかけた階段を登っていくと、こじんまりした本殿がある。
外はヒンズー教の神、中は仏像、不思議な感じがする。
石でできたレリーフ はすばらしいの一言だ。
右の方に歩いていくと、象の石、ワニの石、蛇の石がある。
ワニはおもしろい形をしているけれど、いけにえがささげられた所だときく とちょっとぞっとする。
上から見たワットプー全体は、ガイドブックで見るよりもやっぱり良かった。がんばって登ってきたからというのもあると思うけど、遥 か彼方にメコン川がうっすらと見えるのがまた良かった。
朝チャンパーサックを出て、行きと同じようにメコン川を渡ってパークセーに戻った。
バス停に行くと、運良く11時半発ビエ ンチャン行きのバスに乗れた。
私たちはベトナム国境近くの町、ターケークに向かうのだ。
バスは時間通りに出たけれど、なぜか止まるところが多い。
そして止まるととても暑いので、水を飲みまくっていた。
途中アイスクリームも食べた。それでも汗が吹き出てくる。
そして、止まるたびに焼き鳥とかカオニャオとかを バスの中まで激しく売りに来るので、熱気でさらに暑くなる。
夕食には麺を食べた。
移動のときはいつもバケットか麺になる。
ラオス最後の夜にビアラオが飲めないなんて・・・。
バスの中で、ラオス楽しかったなあといろいろ振り返っていた。
ターケークに着いたのは夜の9時だった。
宿は本当に寝るだけのところ。
バスであんなに寝たのに、だんな(昭浩)はすぐに眠りについた。明日はいよいよ 国境越えだ。(映子)