9月24日〜10月11日
ポルトガルに入った。ブラガの町はカテドラルがあって、広場があって、そこには噴水があった。
スペインと同じじゃないか。
しかし、微妙にちがう。人々、しゃべる言葉もちがうし、どことなくシャイな印象。田舎の風景は日本の田舎にも似ている。
小さな国にだけ漂うようなやわらかな雰囲気がここには存在する。
祈りの町ブラガ。そこで教会にはいる。そこにはアズレージョと呼ばれる青タイルの絵があった。
その青は日本のお茶碗の柄の青に似ている。そのアズレージョ、ポルトガルというものを端的に象徴していた。
派手さはなくとも魅力的な青を投げかけていた。
キリスト教巡礼地のボンジェズス。大きな石を積み上げた門(写真左)から参道がはじまる。
丘の上教会前には5感の階段(写真中央)がある。視聴嗅味触、この5感が階段ごとにわかれており、それぞれの階段の踊り場に小さな泉がある。写真右は嗅覚の泉である。ちょっと笑える。
初代国王エンリケスが生まれた町ギマランイスに行った。もともとたいして興味があったわけではなかったが、ヒマだったし、世界遺産でもあるので、ちょっくら行ってみっか、そんなノリでいってみたのだ。
街の入り口には「ここにポルトガル誕生する」と書かれている。建国時の城跡。何気なく道の壁に描かれたアズレージョ。人々がのんびり過ごす公園。劇的にj感動するものはないが、散歩していて退屈しない町だった。
石畳の通り、いりくんだ小径、赤い屋根、カテドラル、広場・・・そんなものヨーロッパにははいて捨てるほどあってめずらしくもない。
しかし、きれいなものはきれいだ。
ドロワ川と鉄橋、そして川の向こうの丘には斜面にそってたつ赤の目立つ歴史地区、美しい調和の構図だ。
僕たちはこの町をぐるぐる歩いた。
ポルトワインのワイン蔵(写真右下)をまわった。ポルトワインは砂糖菓子のように甘く、ワインよりはるかにアルコールが強かった。
歩いていてやはり目にとまるのがアズレージョ。青タイルによる壁画は、駅の壁(上写真中央下)、や広場を囲む建物の壁に何気なく存在していた。
学びの町コインブラ。前夜には数十年ぶりにローリングストーンズがコンサートをおこなったため歴史的盛り上がりをみせたらしい。僕たちが着いた時には町はすっかり力尽き疲れ果てたかのように静かであった。
ここの見所はコインブラ大学(写真上段左2つ)。このあたりも世界遺産になっているらしい。僕のお気に入りは大学の図書館(写真下段中央)。きんぴかの装飾でまさに貴族趣味の図書室だ。大学内にももちろんアズレージョはあった。
コインブラは安食堂が多く、しかもおいしかったので、正直観光よりも食べ物の印象のほうが強い。
ファティマの奇跡というのをご存知だろうか?僕は知らなかった。どんな奇跡かは説明するのがめんどうなので省く。
とにかく僕らはなんらかのご利益にあやかろうとここにやってきたわけだ。
ただの大きな教会。でも聖地好きとしてはここに来れただけ、それだけでいいのだ。
バターリャの奇跡というのがある。あらかじめ言っておくが、ポルトガルのこのあたりは奇跡ばっかりあって、というか何かと言うと奇跡になるらしい。
ここは昔カスティージャ(スペイン)と国の存亡を賭けて戦争したときにに勝った場所。その奇跡的勝利に感謝してたてた修道院がこれ。バスコダガマも航海前に安全無事を祈願したところでもある。
なんでまたこんなところまで細かく彫刻してんのん?と思われるくらい、ちまちま、ごてごての装飾がなされている。エンリケ航海王子の墓があるというのもポイント。
スペイン、ポルトガルを通じて、最も美しい教会だ、僕たち夫婦の間でめずらしく意見が合致した。
ナザレも奇跡のあったところ。どっかの貴族が崖から落っこちそうになって、そこにマリア様がお現れになって助かった。それがナザレの奇跡となり崖に上には小さな礼拝堂が立てられ、祀られている。
奇跡はともかくとして、季節はずれのリゾート地特有の、祭りの後の静けさのようなものがあった。落ち着きはじめた空気がそこを満たしていた。
そしてなによりもシーフードがおいしかったのでとても印象がいい。
ああ、もういちど、あの魚介類のリゾットが食べたい!
山の上、城壁に囲まれた町。中世のままに、その時代の空気を濃くしみこんだ町。
白い家の壁。その上に映える鮮やかな青と黄色の帯のペイント。
オビドスは、本当に美しい町だ。
丘に登って、赤い屋根の街を見下ろした。
ベンチに腰掛けて、テージョ川を遠くに見た。
路面電車でぐるぐると街をめぐり、たくさんおいしいものを食べた。
退屈な博物館やありきたりのカテドラルにもいった。
リスボアの印象・・・一生懸命言葉にしようとするけどうまくいかない。
強烈な印象を与えるわけでもないのに、個性的で美しく、
忙しく歩き回っているのにのんびり過ごしていうような錯覚に陥る。
好きな街だけど、モーレツに好きかと聞かれれば、少し考えてしまう、でも好きだ。なんでだろう?
リスボアに対して感じたものは、なんだかうまく自分の感情のファイルに整理されずに、はみだしたままだ。
背中の小さな壮年のおじさんは昔恋した女性を偲んで、白髪の老婦人は長い時間をともにした男性を思い出しながら、若い華のある女性はハリとツヤのある声でリスボアの春を、歌手くずれのウエイターは力のある声で人生の絶望と希望に魂をぶつけ、きれいに整えられたヒゲの持ち主はもうもどることのない何かをとりもどそうと・・・
いろんな人が入れ替わり、そしてそれぞれ万感の思いをかけて歌う。
ファド、それは小さな店に響き、人々の心にこだました。
大西洋の風と波のリズムがすべての雑音をこの世から奪っていた。海と砂浜との境界のなめらかなカーブは、輝きそして光を失う。そんな永遠の動きのなかで、僕たち二人、たった二人だけそこにいた。
季節外れの海はさびしく、詩的だった。
美しい海、人の気配のしない町。檀一雄はここで暮らしていて寂しくなかったのか?放浪の末にたどり着いた、そのときの心情はどんなものだったのか?
僕たちは1日じゅう海をながめ、沈む夕日を胸に刻んでリスボアへと帰っていった。
KAZUO DAN の表札は悲しげに亡き主人を今も待っていた。(写真左)こんなバーで毎日飲んでいたのだろうか(写真中央) 落日を拾いに行かむ海の果て 檀一雄(写真右)
ユーラシア大陸の西の果てで、その昔未知の海へと向かった冒険者たちのことを考えました。その大きな水平線の向こう側に魅せられて旅立った人たちのことを。
大きくて大きくてとてもじゃないけど自分がたちうちできるそんなもんじゃなくて
でもそこを超えてみたい・・・。
そして、ユーラシア大陸に今まで良い旅をさせてもらったこと、お礼を言いました。ありがとう。
それから心の底から湧き出るなんだかわからないけど素敵なもの、そんなものに耳を傾けていました。
オリーブとぶどう畑のなかの1本道をバスは進む。遠く小高い丘の上に城壁に囲まれ、ひっそりと佇む村が見える。モンサラーシュの村だ。
それは地に堕ちた天空の城のように異なる時の流れの中にいるようだった。
丘を登りきったところで僕たちはバスを降りる。荒削りの石を積んだ階段を上がり城壁のなかへと入る。
まぶしいくらい真っ白な建物が並んでいる。
その白の壁にはさまれた細い路地には人通りがほとんどない。
たまに木陰でベレー帽をかぶった老人がぼんやりしている。
村全体があくびをしているようなところだ。
城壁のてっぺんに上がって、溶けた鉄のようなオレンジ色した太陽が地平線に沈むのを見た。
なだらかな起伏の影は、アフリカのサバンナを思い出させた。
ポルトガルでアフリカを思い出すなんてなんかおかしな話だ。
ガイドブックには町全体が博物館のようなところ、と紹介されていたが、それはあまりにもオーバーな表現だと思う。世界遺産にもなっていて、観光案内所のおっさんもいい気になっていたが、普通の町だよ。はっきりいって。